2010年9月30日木曜日

Daurade a la Vapeur

活け締めにした鯛は料理するタイミングが大切だ。締めてから時間の経過とともに変化する身の状態を見極める。大きさやたちが一尾、一尾違うので何時間後、とは言えない。カルパッチョのような料理にするのと、火を入れるのではまた違う。火を入れるときは大体の場合、一日から数日寝かせてから使う。身を熟成させるのだ。
















今日は皮に1mm以下の間隔で包丁をいれ、蒸してから更に皮だけを焼いた。アリコ・ヴェールのピュレとプティ・ポワのパウダー、クールジェットのフリットをのせて。

2010年9月29日水曜日

Daurade Sauvage

瀬戸内海に来てからというもの日曜日以外はほぼ毎日、高松中央卸売市場へ行く。そして天然の鯛を買う。一年を通して使えば、天然の鯛はその季節、季節で色々な表情を見せてくれる。寒の時期の脂ののった鯛も旨い、3月、4月の桜鯛はもちろんだ。クリュ(生)でもキュイ(火入れ)しても美味しい。5月、産卵が終わり身が痩せる。今日の天然真鯛は少し幼さが残る2キロ程のすばしっこい奴だ。使い込んでいる歯がすりへっている。柔らかいエサしか与えられていない養殖物は歯がとがり、浅い生簀の海面付近で泳ぐので体が日焼けして黒い色をしている。東京時代から続く鯛との付き合いはもはや僕のライフワークになりつつある。

2010年9月28日火曜日

Commercial Message

昨日からOAされているリクルートのCMの話題です。CMには調理場のスタッフ2名を伴い3人で撮影に挑んだ。そのうちの1人は大阪出身の子だ。大阪で香川県出身の女の子と恋愛をした。彼女の両親は彼との交際にも結婚にも反対していた。それには理由があった。初めて彼女の両親とあった時、3年間も散髪にいっていない超ロンゲ、髭ボボー、そしてイケてる服装で会ってしまったのだ。どー考えても反対される理由満載だったのだ。時がたちわけあって彼女は香川に帰らねばならなくなった。彼は何の迷いもなく香川移住を即決する。そして僕のもとで働くようになった。しかしここからが問題だ。彼女の両親には彼が香川まで彼女を追いかけて来たことは秘密だったのだ。

今回このCM出演で香川にいることがばれる可能性が極めて高い、危険な状態だ。しかし彼は僕の店で修業を開始して改心した。何とさっぱりと短髪にしていたのだ。履歴書にもロンゲの写真を添付してきたので僕が切らせた。「切らなければ面接しない」と伝えたら髪を切った写真を再送付してきたのだ。面白い子だなーと思い採用しました。

彼はロンゲ時代にしか自分を見ていない彼女の両親はCMを見ても、もしかして気がつかないのではないか、更に、CMに写っている自分は爽やかな好青年だ、とのたまっている。しかしCMでの彼のセリフはどうだ。

「彼女を追ってきて、ここに決めました!」である。

電通の長久さんが実話をそのまんまCMに使ったのだ。さて彼は無事彼女と結ばれるのであろうか。

2010年9月27日月曜日

Up Load

「天職サイトはたらいく」 テレビCMがネットで公開されました。15秒と30秒の2パターンあります。

http://info.hatalike.yahoo.co.jp/campaign/

CMのメイキングも撮影したのでそれも近々公開されるらしい。

RECRUIT

先日から騒いでいるCMは本日27日からOAされるそうだ。クライアントはリクルートで「はたらいく」という商品の広告。実際にテレビで放映されているところはまだ自分も見ていない。ちょっと恥ずかしい。でも精一杯頑張りました。

まだ、ここにない、出会い。」

なんだか響くコピーでいいな。それにリクルートの皆さんはとても素敵な人たち。かっこいいぞリクルート。

Age

皆さんはご存じだろうか。今年は平成22年だ。平成元年生まれの子は21歳ということになる。平成4年生まれの子は18歳だ。当たり前だがびっくりした。平成生れの社会人がいるのだ。会社訪問に来る若者の履歴書をみて目をうたがった。とはいえ平成生まれの子と仕事をするのはまだまだレアな体験に違いない。皆さんもいかがですか。驚きの連続です。

2010年9月25日土曜日

Art Direction

我々のレストランにはアート・ディレクションを担当してくれるデザイナーの美藤氏がいる。ロゴマークやロゴタイプはもちろんのこと、リーフレット、グリーティング・カード、フライヤーなどの販促物も一手に引き受けてくれる。最近も世界中で配布される工業機械のパンフレットを手掛けていた。地方にいたって世界に発信できるチャンスはあるんだ。僕らだってまだまだ負けてはいられない。チャンスさえあればどんなことにだって、どんな困難にだって挑戦する。手抜きなんて絶対にしない。

2010年9月24日金曜日

Les Oiseaux

レストランは山中にあり眼下が河川で前方に海を一望できる。周囲は森林だ。実に沢山の野鳥がいる。残念ながら僕は何も知らないのだが、バード・ウオッチングが好きならとても楽しめるはずだ。


レストランの構想をこの場所で練っていた2007年の初夏、ウグイスの美しいさえずりを聞きながら過ごした。木々の隙間からその姿も見える。都会育ちの僕にはとても新鮮だった。海に近い空にはウミネコ、カモメ、タカ、トビなどが翼を大きく広げ滑空していた。河川にはサギやシギ、カモがいる。白鳥もやってくる。店舗の周りにはシジュウカラやカケス、ムクドリ、大きなキジにも驚いた。まだまだ沢山いる。図鑑でしか見たこともないような真っ青な小鳥も見かける。そんな鳥たちを眺めながら何となく鳥のロゴマークをイメージしていた。レストランの個室には「ロシニョール(ウグイス)」、バーには「シュエット(フクロウ)」そしてメイン・ダイニングには鳥たちの守神に「サン・スィルヴェスタ(森の精)」と名付けようか・・・。これがフレームとなった。


そしてレストランがオープンしたのと同じ2007年に生まれた娘には「ことり」と命名した。色々な出来事がうまくリンクして自然と一本の線となり収束していった。


あの夏以来、小さなウグイスはいつも僕のそばで可愛いさえずりを聞かせ続けてくれている。

2010年9月23日木曜日

Patisserie & Salon de The

本来日曜日は定休日なのだが、2010年9月26日の日曜日は12時から営業する。今回で2回目となる「パティスリー&サロン・ド・テ」を開催するためだ。フランス菓子のテイク・アウト販売とその場で召し上がって頂けるお菓子やデザートなどのイートインのような営業です。フランスのカフェのムード漂う軽食もご用意いたします。是非お誘い合わせの上、ご利用ください。





















で、その後がある。東京のお店の時から「CaVa CaVa 会」と称してプライヴェートなパーティーを開催していた。「サヴァ サヴァ カイ」と発音する。信用できる友達が友達を連れてくる形式で友達の輪が広がっていった。何と、そこで知り合い結婚するカップルまで出た。女性、男性、既婚、未婚、夫婦で来る人、カップルで来る人色々だ。普段は交流の持てない人種とおしゃべりしたり、お酒を飲んだり、新しい友人を作る出会いの場として、なかなか楽しかった。

9月26日は「パティスリー&サロン・ド・テ」終了後、高松に来て初めて「CaVa CaVa 会」を開催する。すごく楽しみだ。しかしレストランとしてではなく、あくまで僕のプライヴェート・パーティーです。発展するといいな・・・。

2010年9月22日水曜日

Casserole

昼、12時。レストランにゲストが来ると調理場はにわかに活気を帯びてくる。ピアノの上は銅やステンレスの鍋で一杯だ。その調理に最適な鍋を選択しないと絶対に良い物ができない。道具選びは良い料理を作るのにとても大切なプロセスだ。結果をイメージしながらプロセスを組み立て、それに必要な直径、深さ、形状、厚み、材質、対応機器、などを経験値と重ね合わせて最適な一つを選びだす。

2010年9月21日火曜日

Mr.Leslie KEE

2010年9月10日のこのBlogにも書いたのだが、CM撮影のために福岡のスタジオに行ってきた。今日、そのCMの完成DVDを見た。とても良かった。撮影に先だっての事前打ち合わせの際に撮影カメラマンはLeslie KEE氏だとうかがっていた。世界で活躍する一流のカメラマンだ。WebSiteや本で彼の写真を見た。その写真は被写体への愛であふれていた。彼のモデル達は皆イキイキとした最高の表情だ。スタジオでKEEさんと話をしていて「なるほど」と思った。テクニックはもちろんだが、彼が支配するスタジオ全体の雰囲気があのすごい写真を生むのだとわかった。KEEさんを中心に電通のCMプランナーの長久さん、制作会社エンジン・フィルムのプロデューサーの神宮さん、一流のプロがチームを組んだらこんな素晴らしい物ができるのかと感動した。エキサイティングな体験をさせてくれたクライアントの皆さん、本当にありがとうございました。

KEEさんは女性の写真がとても綺麗なのだけれど男性も沢山撮っている。上半身裸の肉体美的な写真も多い。それを知った僕は「最近ハマっているダイエットは今日のためにあったのか!!」と少しドキドキしながらスタジオに出かけて行ったのだが・・・。

9月27日からのOAを見てください。それまでクライアントは秘密です。

2010年9月20日月曜日

Reims

1988年1月、僕はフランス、シャンパーニュ地方の街ランスにいた。64,boulevard Henry Vasnier 51100 Reims その後この住所を数えきれないくらい書くことになる。ランスに到着した時には想像もしていなった。ミシュランで星を獲得しているフランス中のレストランへ片っぱしから手紙を書いたからだ。次の仕事を見つけるためだ。貪欲だった。

ランスについて語っろうと思ったら数えきれないくらいの話題がある。そもそもランスはフランス有数の観光都市だ。シャンパーニュのメゾンが沢山あるばかりでなく、あのジャンヌ・ダルクがシャルル七世を戴冠させた大聖堂がある街としても有名だ。

僕はシャンパン・メーカーのPOMMERYが所有する「Les Crayeres」というシャトーの敷地内に住んでいた。当時ミシュランで3星だった「ボワイエ」で働くためだ。住んでいた、というよりもシャトー・レストランに住み込みで働いていた。休暇の日には良く街を歩いた。ボワイエから外にでると目の前がPOMMERYのシャトー本社と地下には広大なカーブだ。東隣がRUINART、西隣がTAITTINGER、北隣がDEMOISELLE VRANKENでその向こうがVEUVE CLICQUOT PONSARDIN、街へ行く途中にG.H MARTEL、ランスの駅前にはDE CAZANOVE、そしてG.H. MUMMが見える。何と恵まれた環境に身を置いていたのだろう。隣街のエペルネにはMOET & CHANDON、POL ROGER、DE CASTELLANE、MERCIER・・・、数えきれないくらいのメゾンが連なる。

大聖堂にも良く足を運んだ。カテドラルの内は静かだ。ひざまずき、祈っている人がいる。蝋燭に揺らめく炎を見つめながら色々と考えごとをしたものだ。裏腹に僕自身は熱かった、静粛とは程遠い戦場の様な調理場で毎日戦っていた。

「初心忘るべからず」毎日自分に言い聞かせている。本当に熱かったあの頃を思い出して。

2010年9月18日土曜日

Facade

最近オール・アバウトで紹介していただいた。「forM 男のヒラメキ実用マガジン」の中でだ。ガイドの麻生玲央さんには依然にもオール・アバウトの「食べ歩き(関西)」で取り上げていただいたことがある。四国は島だ。瀬戸内海に橋がかかったとはいえ、海を渡り遠い道のりを来なければならないことにかわりはない。にも関わらず県外、本州からも本当に沢山のお客様や取材の方々にお越しいただいている。感謝の気持ちで一杯だ。そんなお客様をどうおもてなししようか、いつもそればかりを考えている。

この扉を背にして斜め左前方に日が沈む。条件が整えば最高の夕日を見ることができる。ディナーが終われば満天の星や碧い月たちが迎えてくれる。そんな幸運もお客様にはお届けしたいと思っている。

2010年9月17日金曜日

Escalier

レストランは自動車がないとお越しいただくのが困難な場所にある。小高い山の中腹にあり最寄りの駅がないからだ。途中は坂道もある。しかし位置としてはそう不便ではない。JR高松駅からはタクシーで10分の道のりだ。ワインなどをお飲みいただいても通常10分程度でタクシーのお迎えが呼べる。

街の喧騒を離れレストランは今、美しい秋の虫の声で一杯だ。虫籠に鈴虫を入れる必要などない。しかしこの野生の声もそう長くは続かない。貴重な季節の移ろいを是非体感していただきたい。四季折々の草木花、自然の音色と季節の食材のマリアージュ。50段の石段を登りきるころには十分に「今日」を感じていただけるに違いない。「トモシロイノウエ・秋」はいつもこんな風に自然に始まりを告げる。

2010年9月16日木曜日

Terrasse

我々のレストランは山中にある。自動車の通れる道路から店舗の入口扉まで50段の石階段。傾斜地に3階建ての店舗が建っている。傾斜地なのでどの階も地面に接地している。1階部分、2階部分、3階部分の建物同士の重なり合いが少なく、建物自体が階段のような構造だ。店舗の屋上部分はウッド・デッキのテラスになっていて眼下には河川が流れ、遠く前方には瀬戸内海、そして向こう岸の本州、岡山県まで一望できる。振り向けば山だ。天候の良い日にはご覧のような景色が楽しめるのだ。僕はこのテラスのパラソルの下で新しいメニューを考えたり、たまにはシャンパーニュを飲みながら午後の時間を過ごしたりする。

2010年9月15日水曜日

La Becasse

大阪、中央区高麗橋に「ラ・ベカス」という最高に美味しいレストランがある。僕はだいぶ以前から渋谷圭紀シェフの料理のファンだ。東京にいるときも渋谷シェフの料理が恋しくなり、何度となく大阪まで足を運んだ。数年前渋谷シェフは店舗を移転し新しいレストランを現在の場所でスタートさせた。ある料理専門誌で新しいラ・ベカスの記事を読んだ。それは調理場の設計に関する記事で写真も掲載されていた。写真を見た瞬間「すごい調理場だなー」と思った。そこにはデザインがあった。レストランはお客様から見える客席だけでなく厨房もデザインする時代になったことを感じさせてくれた。料理が古典を踏襲しながら緩やかに発展してきた時代から本格的にクリエイトの時代に入った、それを実感できた。渋谷シェフはクリエイションの場を求めていたに違いない。だから僕は迷わず今の店の厨房設計をラ・ベカスと同じデザイナーに依頼した。その厨房デザイナーはメルセデス・ベンツのAMGに例え、そのままでも十分に機能する厨房機器をすべてチューンナップして納品すると言った。そしてこんな調理場が出来上がったのだ。

2010年9月14日火曜日

Apicius

東京、有楽町に「アピシウス」という日本最高峰のフランス料理店がある。初代料理長の高橋徳男シェフは2009年6月3日に亡くなられてしまった。本当に残念だ。僕は高橋シェフのもとで修業したことはないのだが勝手に「師」と仰いでいる。アピシウスの調理場へは何度もお邪魔した。僕が東京千駄ヶ谷でシェフをしていた時にはよくジビエを分けてもらいに行った。当時まだ若く、高橋シェフから見たら鼻垂小僧だったに違いない僕に丁寧に鴨の種類や選び方を教えてくれた。今では当たり前の様に実践しているが料理はまず素材選びが重要、というお話を何度も聞いた。それにアピシウスで頂く料理とワインは本当に美味しかった。僕は食事ではなく勉強に行っていた。そんな僕に高橋シェフや当時シェフ・ソムリエで現アルバス店主の仲田勝男氏はいつも「おまけ」をしてくれた。嬉しかった。とくにジビエに対する火の入れ方は勉強になった。いま全盛の「低温調理」や「定温調理」的な考え方はとっくに確立できていたと思う。あのリエーブルへの火の通し方はどうだ。完璧だった。いまでもコルベールの美しい羽をなぜる季節がやってくると高橋シェフの教えを思い出す。ありがとうございました。

2010年9月13日月曜日

2011 le jour de l'an

2011年度用のお節料理の撮影をした。毎年改良を重ねているのだけれど、なかなか思った通りにはいかない。何せ真夏のことだし熟考している時間がとれない。今年は例年以上にフランス料理らしさを意識した。重箱に盛り付けるのとどうしても和洋折衷になりがちな性質があるが故の反省を踏まえてだ。そして年末に一気に作り上げるための生産性も考慮しなくてはならないし。さて最新のお節料理はいかがでしょうか。

 

2010年9月11日土曜日

And film studio, Lunch

一昨日、博多のスタジオでのお昼ごはんはお弁当だった。やはり明太子が入っている。一緒に仕事をした仲間と食べるご飯は美味しいね。ごちそうさまでした。

2010年9月10日金曜日

And film studio

昨日、福岡市博多区にあるAND FILM STUDIOへ行った。朝7時7分高松駅発。岡山で新幹線「のぞみ」に乗り換えて10時27分に博多駅に到着した。博多駅からはタクシーで5分の距離だ。そこには総勢30人以上のスタッフがいたのではないだろうか。カメラマンは世界を舞台に活躍しているLeslie KEE氏だ。そこで15秒のCMのための映像を撮影した。

















帰りは「ひかり」で夕方17時には高松にとんぼ返り、ディナーの営業が待っている。本当にエキサイティングな一日だった。
















CMがOAされたらまたお知らせします。

2010年9月9日木曜日

Photography

8月24日には2011年用の「お節料理」の撮影をした。毎年のことだけれど、真夏にお節料理の撮影は大変だ。まず素材が無い。気分が違う。しかしパンフレット、フライヤーなど写真がなければどうにもならないのでこれでもギリギリのスケジュールだ。9月7日には今年のクリスマス・ケーキの撮影だった。いつも締め切りに追われている。そして今日、9月9日には福岡、博多のスタジオでまた撮影。これはすごく楽しみにしている仕事だ。全力を尽くして是非とも期待にこたえたい。頑張ろう。9月中にはまだグリーティング・カード用の撮影が控えている。やらなければならないこと、やりたいことが一杯だ。時間が無い。すごく楽しい。

2010年9月8日水曜日

Camera

この仕事を始めて意外だったのは撮影に立ち会う機会が多かったことだ。とても有難いことだけれど雑誌などの取材を受けると大体の場合、料理や店舗の写真撮影がある。場合によっては自分自身の撮影もある。たまにテレビの取材も受ける。今年の6月もBS日本テレビの「スペシャリテ紀行‐皿の上の物語」というドキュメンタリーの仕事をさせていただいた。制作スタッフの皆さんはこのロケで高松に丸5日間はいたのではないだろうか。我々を交えての撮影は3日間あった。コマーシャルを抜いて実質40数分の番組を撮るのに30時間近くカメラを回した。その編集の厳しさに驚いた。制作会社イーストのディレクター天野さんは「この世界では10聞いて9捨てろと言うんですよ」とおっしゃっていたがまさにその通りだ。そしてほんの数秒間の映像にここまでこだわるのか、という仕事ぶりだった。僕はいつも「やるからには全力投球、出来る事は全てやる」を目標としているので制作スタッフのそのこだわりがとてもうれしかったし励みになり刺激になった。だから僕たちはカレーライスや讃岐うどんを手作りして制作スタッフをもてなした。同じ釜の飯を食うてっこんな感じだな、と思った。朝から夜中の24時まで店舗で撮影をして翌朝2時に一睡もしないで志度の漁港で待ち合わせ、漁船内での撮影、そして5時に高松中央卸売市場、8時に一旦店舗に戻り俳優の石井正則さんを交えて撮影、車で外に出て生産者の方たちと畑などで夕方17時まで撮影、撮り終わっていない料理などを夜23時過ぎまで撮影・・・。久しぶりに徹夜した。しかしその殆どが編集でカットになる。彼らはそれを知りながら撮影しているのだ。良い物を作り上げようという情熱が彼らをそして僕を突き動かす。


本当にありがとうございました。

2010年9月7日火曜日

Courgette

南フランスのマルシェで印象に残っているのは何と言っても赤色や黄色の鮮やかなピーマン、茄子、クールジェット、トマト、大蒜、バジルなどのハーブ、他にもまだまだある。これらの野菜で作る「ラタトゥイユ」はプロヴァンス料理の代表格だ。ここ香川県は夏に雨が少なくキラキラと輝く狭い海に面していて南国ムードが漂う。地理的条件がプロヴァンスを、コート・ダ・ジュールを連想させる。しかし瀬戸内海性気候が地中海性気候というのは気象学的には間違いみたいだけれども。ともあれ、瀬戸内海は風光明媚、温暖でカラッとしていることに違いはない。そんな香川では茄子やクールジェットなどがとても良い状態で手に入る。無農薬、有機的農法で丁寧に育てている人がいる。
















中でも花付きのクールジェットは今最も気に入っている素材の一つだ。とても手のかかる料理だが黄色い花の中に瀬戸内海の活鱧、小海老、針烏賊で作ったムースを詰めてフリットに、ソースには香川県産自家製セミドライ・トマト、そして広島の梶谷譲さんの最高のバジル。昔ながらのプロヴァンス料理をここ香川の素材で再現した。

2010年9月6日月曜日

Hamo

瀬戸内海に来て以来、鱧はいつも僕の心をつかんで放さない素材だ。鱧は常に料理人のテクニックを要求してくる。その要求に応えられなければお終いだ。いつも緊張を強いる。これが良い。追い込まれて、追い詰めれて仕事をする。負けたくない、ライバルだ。

2010年9月4日土曜日

Couteau

僕は東京生まれの東京育ちだから子供のころからこの世界に入るまでは鱧なんか食べた事がなかったし鱧を意識したことも無かった。関東で鱧を扱うとなるとそれこそ京料理の料亭や割烹くらいで一般的に馴染みのある食材ではない。東京築地市場でも扱いは少ない。しかし京都や大阪は夏になると鱧が当たり前の様にスーパーマーケットに並ぶ。関東と関西ではスーパーマーケットに並ぶ魚や食材にかなり差がある。高松中央卸売市場は夏になると活鱧で一杯だ。今、僕は毎日鱧の骨切りをする。まるで出来の悪いブリキのロボットみたいに繰り返す。

2010年9月3日金曜日

Oreille de mer

香川県にやってきたら店舗や自宅の目の前が海で漁場だから当然のように魚介類の使用頻度が上がった。何といってもすごいのは調理場の、しかもストーブの前から瀬戸内海が見えることだ。魚を焼きながら海が見える。東京のテナント店舗では考えられない、最高の贅沢。僕は毎朝必ず高松中央卸売市場へ行く。だいたい6時30分には市場に入っている。今、美味しいのは瀬戸内や淡路あたりの活鱧や鮑だ。鮑も黒鮑や女貝を使い分ける。蒸鮑の舌触り、歯触りは最高だ。それに産地なので東京築地市場よりも価格が安い。思う存分に料理しよう。

鮑は5時間以上独自の方法で蒸鮑にしたり、ポワレしたりと様々だ。まだまだ研究途上の気になる素材。

2010年9月2日木曜日

Bernard Buffet

今、目の前の壁にベルナール・ビュフェの版画がある。フランスでは高級魚とされていてよく料理に用いられる「サン・ピエール」という魚を題材にしたドライ・ポイントだ。銅板を鋭利な道具で引っ掻いて凹版を作る版画技法の一つ。力強い線描画が印象的だ。このビュフェ独特の線描画は唯一無二の独創だとつくづく思う。少しでも類似的な行為をしようものならただ「真似をしている」様にしか見えない。

物作りにおいて独自の表現方法を確立するのは至難の業だ。シンプル・イズ・ベストだがただシンプルなだけでは駄目だ。そこには必ず「個」の存在が必要だから。その道に足を踏み入れたなら、たぶん一生もだえ苦しむ事になる。

さて、「オマール・ブルー」は少し肩の力を抜いてこんな料理になりました。ヴィジュアル以上に口の中で弾ける味と香り。皿はJ.L Coquet HEMISPHERE で。

2010年9月1日水曜日

Fricassee de homard bleu

9月1日、ウィキペディアを開いてみたら、フランスでは1715年の9月1日に国王ルイ14世が崩御、日本では1923年に関東地震が発生。一年の節目なので過去に多くの出来事がある日。節目であり区切りだから何かを始めたり、改めたり、新しくするのにちょうど利用しやすい日なんだと思う。1月1日、4月1日に次いでナンバー3だ。そういえばうちのお店「TOMOSHIRO INOUE」は2007年の12月1日にオープンしている。歯切れの良さを意識して1日を選んだ。オープンした日がわかり易い日付だったりすることは後々重要になってくることもわかっていたし。

今夜は「オマール・ブルー」ブルターニュ産。香川県の山の中でもフランスから活きたままオマール海老がやってくる。目の前が海だから基本的に魚介類は瀬戸内海の物を使うのだけれど、オマール海老は特別だ。せっかく世界中の食材が比較的簡単に速く手に入るようになったのにこの流通革命を利用しない手はない。流通革命と地産地消を組み合わせて、香川でしか造れない特別な一皿に仕上げたい。




オマール海老をフリカッセにする。ラショナルのヴァプール・モード、加湿100%、オーブン庫内85℃に設定、大きい爪は12分、小さい爪は8分、そして尾は4分加熱後、氷水温度3℃~1℃で急速冷却。殻をむく。頭部は野菜とともにフュメを抽出、その時トマトは入れない。フュメにトマトを入れると味が画一化されてしまう。出来上がったフュメ・ド・オマールはもちろん、フリカッセ・ド・オマールのソースのベースとなる。このフュメとフォン・ブランを合わせユイル・ド・オリーブ、エストラゴン、シブレット、ウフ・ド・オマールにジュ・ド・シトロン。オマールの身を加えごく軽い現代の解釈のフリカッセに。今日のガルニチュールはジロール茸。