鱧の季節がやってきた。鱧は僕に緊張感を与える。緊張を強く激しく投げかけてくる。
鱧を扱うには特別なテクニックが必要ということが一つ。それと朝、市場で締めてレストランに運んできてもまだ生きている。とても生命力が強い。ようするに生体を捌かなくてはならない。
他の素材だって同じだけれど、他者の命を奪い、料理するという人間の、そして生きてゆく為の、根源的行動に葛藤を覚えるからだ。
僕は鱧に噛みつかれたことがある。「痛い」というよりも鱧の牙が自分の体にくい込んでくるその感覚が、鱧は僕を憎んでいる、鱧は僕を殺そうとしている、まるで胸にナイフが突き刺さるような戦慄に変わり恐怖を感じた。
それ以来、僕は鱧に最上級の敬意を払い続けている。生命と対峙するとはこういうことなのかと、教えてくれたから。